圧縮表層構造 32



透明人間の人権を剥奪する法律が施行されたので
(そりゃそうだ、いるかいないか判らない者に人権は無い)
僕たち透明人間はその夜
自分の体にペンキを塗りたくった
十二時の鐘が鳴る前に可視人と同じ姿にならなければ
僕らは可視人の射撃ゲームの的になってしまう

(感熱スコープや赤外線スコープにのみ映る透明人間を撃つのは
 彼らにとってこの上ない娯楽なのだ)

だがあいにくこの国には青と緑と灰色のペンキしかなくて
出来上がったのは安っぽいいんちきピエロの群れだ

可視人といえども
いんちきピエロにはいんちきピエロの人権というものがあり
僕たちは可視人たちの噴水広場で稚拙な芸を見せ
宴が終わると
地面に散らばる小銭を這いつくばって拾い集めた

「俺は桃色の肌になりたいなぁ」
「ボクは黒い人間になりたいや」
みんなで焚き火を囲みながら
国内にはない色のペンキに思いを馳せた

でも青、緑、灰色以外のペンキは
経済封鎖のせいでもう二百年以上輸入されていない
例えば桃色のペンキなんかは
ひと缶買うお金があればお屋敷が一軒建てられるくらい高いんだ

亡命するという手もないわけじゃないけど
砂漠の国境線は隣国が地雷を敷き詰めていて
既に百人以上の透明人間が消し飛んだと聞く

僕たちは国境を越える勇気なんてないから
こんな所で生き延びる喜びを噛み締めているというわけさ


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菅井 清風(k-sugai@hoffman.cc.sophia.ac.jp)
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