圧縮表層構造 17



リィリス・シェラーは少女呪法士
だが 落ちこぼれの彼女が使いこなせるのは
直線軌道で空を飛ぶという初等呪法ただ一つだけだ

方向を定めて
一度飛び跳ねたらもうそれっきり
まだ空力緩衝系など発明されていない頃の話だ
あちこちの家や教会に突っ込んでは破壊を繰り返す日々
程なくついたあだ名は
「人間砲弾」「流星リィリス」

それでも彼女は大喜びで
いまだ傷癒えぬ私の病院に足繁く通い
(怪我人が怪我人の介抱というのもおかしな話だ)
いつかは古代天雲語を自由自在に操るようになって
若き天才呪法士・流星リィリスの名を
広く遠く全大陸に知らしめるのだと
傷口を私に消毒されながら
大空への夢を熱く語るのだった

彼女は私の書庫に入り浸り
私が昔使った古い呪法書を勝手に本棚から取り出して
夜遅くまでにらめっこして
散らかしたまま帰って行く
それを片付けるのが
夜寝る前の私の日課になった

しばらくすると彼女は家にも帰らぬようになり
遂には私のところで住み込みで助手をすると言い出した
そうして奇妙な二人暮らしは始まった
助手をすると言ったはずだったが実際にはただの居候で
歳の離れた妹や恋人というよりは
大きな猫を飼っているとでも言った方が正確だった
とにかく彼女は可愛かった
毎日よく食べよく寝てよく遊んだ
気がつくとぷいっといなくなっていて
気がつくと長椅子で寝息を立てていた

月日は流れ
彼女は軍への就職が決まった
私があまりに心配そうな顔をしているせいか
お休みの日は帰るから遊びに行こうねと彼女は言った
照れながら、何かお祝いにプレゼントしなきゃな、と私が言うと
照れながら、先生の名字になりたい、と彼女は言った

そんなわけで私の名字を持っていった彼女は
研究が忙しくて月に一度しか帰ってこなかった
一度産休で長く帰ってきたが産まれるとまたすぐ戻り
私は彼女そっくりの息子と二人暮らしを続けた

息子が学校へ通いはじめた頃
彼女が実験中の事故で死亡したという知らせが届いた
私は即座に大空を見上げ
だが沈黙する天雲は何も答えなかった

息子は母の墓を見ても
それが何なのか理解できなかった
私は息子を抱きしめ顔を見られないようにして
息子に色々説明してやった
具体的な言葉を一つ紡ぐたびに
私の眼からは大粒の涙が溢れた

時は過ぎて
少しずつ傷も癒えて

息子は私の書庫に入り浸り
私が昔使った古い呪法書を勝手に本棚から取り出して
夜遅くまでにらめっこして
やっぱり散らかしたまま寝てしまう
それを片付けるのが
ふたたび夜寝る前の私の日課になった


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菅井 清風(k-sugai@hoffman.cc.sophia.ac.jp)
© 2000 SUGAI Kiyokaze